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Author: kasa
• 木曜日, 3 月 29th, 2012

 代表のkasaです。

「原子力規制庁の発足に向けた第2回市民会議」が東京であり、発言の機会が与えられて参加してきました(発言要旨)。いろんな立場の人が参加し、活発な意見交換があって、いい勉強をさせていただきました。

テーマとは直接関係ないながらも、気になったやりとりがありました。

フロアーの脱原発で活動されてきたという方から、激しい口調で、こんな発言がありました。
・福島県内には人を住まわせるべきではない。
・東北の人は子どもを生むべきではない。
内部被爆について勉強し、科学的にはこのように考えるとのことでした。

ドキッとさせられるとともに、寒々としたものを感じました。

福島県から来られていた教員の方のコメントは、別の意味で切実でした。
・一番困っているのは仕事がなくて、生活できないこと。食物や食品の安全基準が厳しくされるほど、福島から仕事が奪われている。
・生活の場がないこと。仮設住宅が圧倒的に足りない。空地はたくさんがあるが、仮設住宅が建てられる公有地などはガレキで埋まっている。
・逃げる権利を否定しない。しかし、県外に移住させられて、仕事があるのか、生活できるのか、ここで生きる権利も考えてほしい。

国民の不安に応えるために、厳格な安全・規制行政を行うことが求められています。
しかし一方で、放射能への不安を強調するあまり、ファシズムのような言動が生れてくるのでは、別の意味で本当に危険です。

 

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One Response

  1. お疲れさんですぅ~ :mrgreen:
    事務所では、この忙しい時期?にバリアさん、EMさん、IKさんとかいらして賑やかでした。

    大町でもゴミ処理場の問題が深刻になってきていますネ。
    江戸時代とは違って、今の時代、戸々では処分しきれないゴミは必ず発生してしまう社会構造となりました。
    自分の出したゴミは自分で処理するのが原則で、それは実はあたり前のことですが、それが出来ない時代になってしまったわけです。
    その最たるものは流通の発達や化学合成技術の進歩による、包装材料ゴミです。それ等は自家生産のゴミではないわけで、いわば外部からの輸入化学合成ゴミです。
    それでも、現実的には流通も重要な社会的インフラとして受け入れて、リサイクルなり焼却という手段を選んでいるわけですよね。

    ...アタシ的には :roll: やっぱもう「ゴミ」と言うものを「滓、不要なもの、用無し」という視点で捉えるべきではない、一つの商的な流通資源として捉えるべき時代に入って来たと考えたいのです。
    ですから、当然間には流通業者がいて処理業者が介在し、それなりにコストが発生することは当然な訳です。

    今回の津波被災ゴミ(決して放射能汚染瓦礫ではないでショ)に関しても、情緒的な思いからではなく、稀有な天災に遭ってしまった地域のゴミを行政がコントロールできる範囲で、安全は勿論、出来るだけ効率よく処理しようと言う風に考えたら良いのではないかしら...などと思っています。 :razz:

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