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Author: kasa
• 土曜日, 2 月 25th, 2012

 代表の傘木宏夫です。

 私は、原子力発電や火力発電のような巨大な設備によるエネルギー生産への過度な依存をやめて、自立した地域社会を構築していきたいと思い、約10年間、ミニ水力発電やバイオ軽油燃料の生産、風穴小屋再生利用などの再生可能エネルギーのプロジェクトを実践してきました。
 先日、大町で「高レベル放射性廃棄物の地層処分」をテーマにしたワークショップを開催したことで、「傘木は何を考えているのか」と本会のスタッフが知り合いなどから詰問されたそうです。再生可能エネルギーの実践には日々困難が伴います。軽々しく「脱原発」なんて言えないという気持ちもあるのは正直なところなので、実践が伴わない人たちに何を言われても気にはなりません。
 しかし、原発事故後の社会状況をみていると、今の時点での自分の考えを記しておき、将来の自分の反省材料にしたいと思うようになりました。お読みになられた方々のご感想やご意見をお待ちしています。

1.集中型システムから分散型システムへ
 日本のエネルギー事情は、①浪費型、②消費の一極集中、③植民地主義的生産という構造を持っていて、それが地域社会の自立を妨げていると、私はみています。
 巨大な集中型システムは、経済的には効率的ですが、巨大さゆえのリスクは高くなり、それを管理する組織も官僚的になりやすく、いっそう非常時におけるリスクを高めています。原発災害はその典型ですが、水力発電での自然破壊や火力発電の大気汚染公害の歴史も忘れられてはいけません。
 私は、地産地消型のエネルギーを基本に、それらのネットワークにより不足を補う分散型システムへと転換していくべきだと考えています。

2.原子力発電は停止し、合意形成を
 そのため、この機会に原子力発電所を全廃させ、新たなエネルギー戦略を構築していくべきです。しかし現実的には、原発の全面停止期間を設定して、社会システムを含めた総点検により、国民的な議論を通じて、必要とあれば経済活動に大きな支障がないように再稼動を時限的に認めるという選択もあると思います。
 私は、原子力について、人類が獲得してきた科学技術の到達点として、全面否定はしません。このたびの原発災害がそうであるように、科学技術に対して社会科学や社会システムの側が対応できていないことが根本矛盾なのでしょう。平和利用の可能性についての研究は絶やしてはいけないと考えます。

3.過度な自然エネルギーへの期待
 原発災害をきっかけに、急速に自然エネルギーへの関心が高まり、政策的な誘導も行われています。こうした動きを歓迎しつつも、危惧するところもあります。
 今のエネルギー構造を前提に、それを補うための自然エネルギーであった場合には、必ず破綻するでしょう。戦時中の極端な森林バイオマス利用が引き起こした弊害も教訓としてあれば、大型風力発電や地熱発電による自然景観の破壊、有害化学物質を含む太陽光パネルの将来における大量廃棄なども容易に想像できます。
 自然エネルギーだから自然にやさしいという前提は成り立ちません。適正なアセスメントが必要です。何より、地域社会において、身の丈にあったエネルギーの掘り起こしが進められていく必要があると考えます。

4.放射性廃棄物問題を自分たちの問題として考えよう
 たとえ明日、すべての原発が廃止となっても、これまでの発電により蓄積された放射性廃棄物をどのように処理していくのかは大きな問題として残ります。
 私は、原子力発電の恩恵にあずかってきた私たちの世代が、この問題に対して真摯に向き合うべきだと考えます。「脱原発」論者にみられる「将来の世代の科学力によって適正に処分してもらう」などという主張は無責任だと思います。
 確かに、未来の優れた技術が問題の解決を容易にする可能性もありますが、少なくとも私たちの世代として、真摯に検討し、対策を施しつつ、将来世代が軌道修正する余地を残しておくべきだと考えます。

5.被災地の微量放射性廃棄物を受け入れよう
 現在、被災地のがれきの処理が、微量の放射能汚染を理由に、いったん受入れを表明した自治体が、住民の反対に直面して、断念する事態が相次いで、被災地の復興に大きな足かせとなっています。
 なぜ、被災地の人たちが抱えている痛みやリスクを共有できないのでしょうか。基準値以上の濃度のがれきや焼却灰については国と東京電力の責任で処理がなされるべきです。しかし、基準値以下のものは、処分方法や意思決定過程についての透明性を確保した上で、ある程度のリスクは受容すべきだと考えます。

                                             以上、傘木宏夫(2012.2.25)

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One Response

  1. > このたびの原発災害がそうであるように、科学技術に対して社会科学や社会システムの側が対応できていないことが根本矛盾なのでしょう。

    全くその通りだと :roll:

    ニュークリア技術が悪なわけではないし、その研究開発者が悪いわけでもありませんよね。
    今回の事故?災害?はまだ何にも検証されていないけど、このプラントが電源喪失やそれに伴う冷却水供給遮断には、全く備えが無かったこと、又、そうした事態が予想される巨大な地震や大津波被害をリアリティーをもって想定していなかったことがバレてしまったわけです :mrgreen:

    そして、どうにも始末に負えない「放射能バラマキ」を防げなかった責任は、その方針を是とし積極的に推進してきた国、電力会社にあるのは当然ですが、その筋の専門家や、ツンボサジキに置かれたからと言ってチェックを怠っってきた、電力消費者であるアタシ等にだって大きな責任があったと思いますですハイ。
    反省...。

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