トップページ » 菜の花ブログ » 痛みを共有できないのか・・・震災ガレキ

Author: kasa
• 月曜日, 1 月 30th, 2012

代表のkasaです。

NHKニュース9を観ていたら、放射能汚染を心配する住民の反発に苦難し、震災ガレキを受け入れる自治体が少なくなっていることが報じられていました。
「行政への不信が背景にある」と報じられ、その言い分もわからないわけでありません。もし大町市に持ち込まれるとしたらと考えると、軽々にモノを言えません。

それでも私は、「できる限り痛みを共有したい」と思うのです。

私は、阪神淡路大震災を神戸市東灘区で体験し、自宅は全壊の認定を受けました。当時、大気汚染公害問題を取り組んでいたので、震災が大気に及ぼす影響は認識していました。何より、人口密集地であり、アスベストの飛散はおびただしいものがあったはずです。また、臨海部での震災ガレキの野焼きも、ダイオキシンをはじめ、深刻な大気汚染をもたらしていたはずです。
しかし、「対策が整うまで何もするな」「燃やすな」とは言えませんでした。一日も早い復旧を切望する住民の願いに水をさす勇気はありません。願わくば、大地震の前にこのような事態が想定できれいれば、適切な方法で震災復旧の作業が進められただろうにと思いました。

当時は大阪市内に通勤していました。神戸の街は毎日がほこりにまみれ、マスクが欠かせず、そのマスクも自宅から最寄駅までの間に汚れきってしまいました。大阪に着くとそこは別世界のようで、リュックを背負い、底の厚い運動靴を履き、マスクをした姿は神戸からの通勤者だと一目でわかりました。「関西はひとつ」なんていうスローガンがとびかっていましたが、やはり対岸の火事であったことはいがめないと思います。

東日本大震災があってから、全国各地の自治体から震災ガレキ受入れの表明が相次いで、私は「阪神淡路の教訓が生かされて良かった」と思いました。しかし、その後の推移は、原発事故の深刻さとその影響への心配が増幅して、報道されているように受入れ見直し・撤回の連続です。

「私たちは東日本大震災の被災者たちとどこまでリスクを共有できるのか」

感情論も含め、しっかり議論することが大事ではないかと思います。

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